診断は不要?保護者にも伝える必要はない?
療育関係者、発達障害を診ている医師などから、
「発達障害の診断など必要ない」、「発達障害は診断をつけて治療するものではない」、「発達障害の診断有無にかかわらず、トレーニングや言語訓練などをすれば良い」などと言われることがあります。
いろいろな考え方があると思いますが、本当にそうなのでしょうか。
子ども自身に直接診断を伝える必要はないと思います。実際、本人の希望がなければ診断名を伝えることはありません。
それでも、医療倫理的にも、少なくとも、保護者の方には診断などを伝える必要があると考えています。
第1に、「インフォームドコンセント」という言葉をご存知でしょうか。
医療行為を受けるに際し、診断や現在の症状、将来起こりうること、治療方法など、十分な情報を説明した上で、その内容を理解し、同意を得るプロセスを指します。患者さんの「知る権利」と「自己決定権」を尊重する医療倫理の原則とされています。
「がんの告知」に関して「インフォームドコンセント」が議論されてきましたが、現在では患者さん本人に正確な情報を伝え、治療方針や生活の選択肢について本人が主体的に判断できるようにすることが重視されています。これは、患者さんの尊厳を守り、最適な治療やサポートを受けるための基盤となっています。
そもそも、保護者の方にすら診断名などを伝えないという選択肢はあり得ません。
現在では「がんの告知」だけではなく、あらゆる病気において、「インフォームドコンセント」は必要とされています。
「発達障害」に関しては、保護者の方にすら診断名を伝える必要はないのでしょうか。
診断名を伝えることなく投薬したり、子どもの訓練を行ったりすることは適切なのでしょうか。
なぜ薬が必要なのか、何のための薬か、どのような副作用があるのか、どういう効果があるのかなど十分な説明や理解がなくても、あなたは内服しますか。
子どもに内服させる心配はありませんか。
保険診療では、投薬に際し、必ず病名をつける必要があります。
もし診断名を伝えられなかったとしても、医者は診断名をつけているということです。
第2に、トレーニングや練習についても、やみくもにやれば良いというものではありません。
もし、「努力不足」、「やる気のなさ」や「わがまま」が苦手さやできない原因である場合に限っては、トレーニングや練習により、成果は上がるかもしれません。
その一方で、頑張らせることにより、いわゆる「二次障害」が発生するリスクは十分に考慮されているのでしょうか。
「双方向のコミュニケーションができるように訓練しましょう」、「相手の気持ちやその場の空気を読んで対応できるようにトレーニングしましょう」、「字を書くことが苦手なので書けるように練習しましょう」、「不器用なので訓練しましょう」などといった療育計画が立てられることが多くあります。
本当に、訓練やトレーニング、練習の成果は出ていますか。
その成果は日常生活でも発揮できていますか。
そもそも、計画は立てたものの客観的な評価は行なっていないということはないですか。
評価しないもしくはできない計画は、一般社会や会社では認められず、意味がないものとして必ずやり直しを命じられます。
発達障害の療育に関しては評価できないような抽象的な計画が認められても良いのでしょうか。その理由は何でしょうか。
コミュニケーションの苦手さ、相手の気持ちを考えたり空気を読んだりすることの苦手は、自閉スペクトラム症の中核症状です。
自閉スペクトラム症の特性のための苦手さなのか、そうではなく、何か別の理由による苦手さであるのかによって、さらには、個々の子どもの状況に応じて、当然、療育計画やトレーニングなどの内容は異なるべきです。
「字を書くことが苦手」についても、書字障害(ディスグラフィア)であれば大脳機能の問題であり、練習すればスラスラ書けるようになる訳ではありません。そうした科学的根拠はありません。
その場合、必要なことは、訓練やトレーニング、練習ではなく、まず、配慮や工夫です。
「不器用さ」についても、日常生活に支障が生じる発達性協調運動症 (Developmental Coordination Disorder: DCD) であるならば、中枢神経系の機能障害が原因とされています。
何とかしたいという保護者の方の気持ちは理解できますが、中枢神経系の機能障害が訓練により本当に回復や改善するものなのでしょうか。
音痴 (先天性音楽性機能不全)などとも同様、訓練すれば良いというものではなく、まず必要なことは配慮や工夫ではないでしょうか。
ちなみに、脳卒中など脳血管疾患では、回復期(発症後1〜2ヶ月)にリハビリを行うことにより、ADLが改善したり機能が回復したりするというエビデンスは存在しますが、それ以降(慢性期)は効果が限定的とされており、保険対象外となっています。
現状の評価、そうした評価となる背景や理由などを正しく理解できていなければ、適切な課題の設定はできません。
診断はその根幹に当たるものだと考えます。
「足が痛い?、じゃぁ湿布を処方しておきます」、「お腹が痛い?便秘じゃないですか。整腸剤を出しておきます」、「咳が出る?風邪薬を内服して様子を見てください」などと、診察し、診断することなく言われて納得できるのでしょうか。
「発達障害の診断など必要ない」、「発達障害は診断をつけて治療するものではない」、「発達障害の診断有無にかかわらず、トレーニングや言語訓練などをすれば良い」という言葉は耳には優しいかもしれません。
考え方はいろいろあるかもしれませんが、適切であるかどうかは別のことと考えます。
医療倫理的に問題があるだけではなく、無責任のようにも感じます。
診断を伝えることには理由があります。
診断名だけ伝え、崖から突き落とすようなことはしません。
できることとできないことはあります。
それでも、子どもと保護者の方の将来に対し、大きな影響を与えるかもしれないという自覚と責任感を持ちたい。
子どもと保護者の方と一緒に、持って生まれた能力を最大限に発揮できるように取り組んでいきたいと考えています。
