「問題行動」と考える前に、是非、考えて欲しいこと
いろいろなひとが来院される。
共通していることは、何らかの困りごとを抱えていることだ。
ただし、父母、母のみ、学校や園の先生のみ、本人など、「誰が」困っているかはケースにより異なる。
「うちでは何も困りごとはないけど、学校(園)から受診するように言われた」と話されることもしばしばある。
学校や園の先生は、保護者との関係の悪化を恐れるため、子どもの問題を先送りにしたり、曖昧にしたりすることが多い。受診をすすめる場合には、言い方や表現とは裏腹に、何か確信に近いものがあり、覚悟の上での発言と考えると良い。
困りごとを解決するためには、その具体的な内容とともに、その背景や理由を考える必要がある。
根本的な原因を理解することなく、表面的に対応するだけでは、いったん解決したように見えても、別の形で困りごとが現れる。
自閉スペクトラム症やADHDなどの診断をお伝えすることは、関わる大人の人に、困りごとの背景や理由を知ってもらうためである。困りごとの解決に向けたプロセスのひとつである。
そうでなければ、「努力が足りない」「我慢ができない」「わがまま」などと考え、子どもを叱咤し、頑張らせることとなる。
子どもも頑張るものの、うまくできず、挫け、自信を失ったり、心身とも疲弊してしまったりする結果となる。いわゆる「二次障害」といわれる状態に陥ってしまう。
困りごとの中で、かんしゃくなどの行動の問題は必ず改善すると考えている。
科学的根拠もある。
行動の問題を改善させるためには、まず、増やしたいもしくは減らしたい具体的な行動(「標的行動」)を決める必要がある。
その場合、行動を4通りに分けて考える必要がある。
① 能力的にできること/できないこと
② 適切か/不適切か(道徳的、倫理的、法的に)
能力的にできないことや(道徳的、倫理的、法的に)不適切な行動を強いることは、「マルトリートメント」(大人の子どもへの不適切な関わり)である。
① 能力的にできること/できないことに関しては、
例えば、
・プロ野球選手やプロサッカー選手にさせたいが、猛練習しない (させたい) ←誰でもプロになれる訳ではない
・筑駒や開成、桜蔭などにの学校に入れたいが、入るための勉強をしない (させたい) ←知的レベルや定員もあり、誰でも入れる訳ではない
・文字を書くことが苦手で、他の子どもと同じように書かせようとしても書かない (書かせたい) ←先天的に書字が苦手な子どもがいる など
能力的にできないことを求めることは、できないことに問題があるのではなく、要求する側に問題がある。
② 適切か/不適切か(道徳的、倫理的、法的に)に関しては、
極端な例ではあるが、
・授業中、間違えた子どもに向かって「こんな問題もできないのか」「こんなことも知らないのか」などと言わない (言わせたい)
・言うことを聞かない子どもに対し、叩いて、自分の思い通りににさせない (させたい)
・成績の悪い子どもの話は聞かず、無視しない (させたい) など
能力的にできる/できないとは関係なく、不適切な行動を要求する側に問題がある。
標的とする行動は、子どもが能力的にできる適切なものでなければならない。
標的とする行動を決めれば、次は対応方法を考える。
まず、応用行動分析に基づき、原則となる考え方や対応方法を説明している。
「対応の原則などはどうでも良いので、どうすれば良いのかだけ教えてほしい」などと言われることがある。
実際に子どもの行動問題に対応するのは、私ではなく、お母さんとお父さんである。
場当たり的やその場しのぎの対応では行動の問題は解決しない。
背景や状況により行動の機能が異なるためである。
原則となる考え方などを説明した後、具体的な対応方法を提案したり相談したりしている。
行動の問題は適切に対応すれば必ず改善する。
大切なことは、困りごとを解決したり、軽減したりすることである。
ただし、「誰の」困りごとであるかを認識する必要がある。
親として、我が子の幸せを望むことは自然なこと。
しかし、親子と言えども、別の人間である。
親の望むことと子どもが望んでいることは異なるかもしれない。
子どもの意思を尊重することなく、親の価値観を押しつけ、思い通りに行動をしなければ、自分たちの望む行動を強いることは「マルトリートメント」である。
子どもが生まれて、初めて顔合わせをした時、どのようなことを考えましたか。
自分が子どもだった時、「なぜ分かってくれないの」や「どうして自分たちの考えややり方を押し付けるの」と思ったことはないでしょうか。
思い出してください。
毎日、大変な子育てをしていないから言えるきれいごとだと言われれば、そうかもしれませんが・・・。
